願いを叶える魔女 (4)

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 気づけば、日は傾きかけている。
この季節は太陽が沈まないから常闇になることは無いけれど、随分歩いてきたから見晴らしのいい草原地帯はいつの間にか過ぎ、周りには背の高い針葉樹が目立つようになってきていた。
必然、周囲はさらに暗くなる。
しかし木々の間から漏れる陽射しは横殴りで少し厳しい。
少女も目を細めながら、懸命にニコを探している。

 私は複雑な気持ちのままだ。
奇跡の力が使えないために、少女の力になることは難しいままだ。
申し訳ないという思い。

 でも。
奇跡の力が使えないことに憧れていた私は、このままでいられたらいい、とも思っている。
ニコは、ずっと見つからなければいいと思っている。

 根拠は無いけれど、ニコが見つかった時この死神の少女は私から離れ、私の長すぎる命を奪うことも無いまま永遠に去っていく、そう感じていたからだ。

 青い鳥は、見つけられないこともまた私にとっては幸せだ。

「もー! ニコー! ごはんだよー! いっしょにたべるのー!」

 少女は左手でぬいぐるみの首を持って振り回す。

『カカカ! そんなもの食すとは美食家の猫でありますなぁ!』

 久々に口を開いたと思ったら、例の小馬鹿顔だ。
相変わらず空を飛ぼうともしない。

 ひとしきりカラスを小突いて無理やり空に放り上げてやると、

『アホーッ! ご主人などもう知りませんぞ! 次の飯時まで絶交ですからな!』

 叫んで夕焼けの中に飛び去っていった。
飯はちゃっかり貰いに帰ってくるらしい。
毒キノコでも探しておいてやろう。


 と、少し目を離した隙に少女は少し先に行ってしまっていた。
そのまま太陽に向かってまっすぐ進み続けている。
左手にぬいぐるみを、右手に鎌(木の枝だが)を携えて木々を見上げて進む少女は、太陽に贄を捧げる巫女のようにも見えた。
それはどこかの神話にもあったような、あ、危ない、そちらは崖に、


 そして、少女の姿が視界から掻き消える。


 半呼吸遅れて、上空に放り出されたぬいぐるみが落ちてくる。
スローモーションだ。
つぎはぎだらけのぬいぐるみの虚ろな目が、ゆっくりと降りてきて私を捉え、凄まじい速度で崖下へ落ちていった。
時間が戻る。

『彼女を、助けて』

 そんな声など聞こえるはずも無い。
それは錯覚、妄想だ。
反応と認識が思考を追い越していく。
都合の悪いこと、関係の無いことは忘れる。
身体はもう走り出している。
脳が今頃になって焦燥感を生み出そうとしているのがわかった。
――私、今は力が使えない!
遅いな、焦燥感が身体と精神を覆い尽くしてしまう随分と先に、集中は完了している。
私は、練り上げた力を僅かな吐息とともに解放し、

『浮かべ』

と願った。
とても、強く、そして多分とても純粋に。


 焦燥感とパニックが、後からやってきた。
私は足をもつれさせながら、崖下を覗き込む。
少女に呼びかけようと思っても、渇いた喉からは声が出ない。

「あははははっ! そらとんでるー! とべた、とべたよー!」
「にゃーっ! ふごーっ!」
「きもちいいねー、ニコー!」

 眼下には黒い森が広がっている。
少し顔を上げれば、沈むことの無い太陽に目が眩む。
そんな太陽を背に、一人と一匹、離れてもう一つのつぎはぎの影がふわふわと漂っていた。

 少女はとても気持ちよさそうで、楽しそうだ。
さっきからずっと笑っている。
一緒に浮かんでいる黒毛の猫は、不安定な自らの足元が不快なのか脚をばたつかせていた。
少女は空中を漂っているぬいぐるみを掴もうと腕を振り回すが、その度にバランスを崩してくるくると回っては笑い声をあげている。


 そんな様子がとても滑稽で、私は久しぶりに泣いて笑った。
だから、遠く微かに聞こえたはずだった鳥の声は、私に届かなかったのだろう。


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