願いを叶える魔女 (5)

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 少女はそれからよく、ニコを頭の上に乗せて遊びに来るようになった。
そして、あれから私の奇跡の力が使えなくなることも無くなった。

 空を飛ぶことが特に好きだった少女と一緒に雪降る夜空を飛び回り、翌日風邪を引いて二人と一匹同じベッドで寝込んだこともあった。
深く積もった雪に二階の窓から飛び降りて、人型の穴を作って遊んだりもした。
ニコは猫のくせに、あの時以来高い所が怖くなってしまったのか、雪の上に放り投げてやると「ぎにゃあああ!」と喚いたが、それもまた面白くて二人で笑った。
また放浪癖のあるニコは春になると時々ふらっといなくなり、探しに出た私たちが疲れきって家に帰ってくると、悠然と私の家の屋根の上で寝そべっていたりした。
時には、皆に私特製のパスタを振舞うこともあった。
トマトソースの美味しいやつだ。
少女いつも服を汚してしまって、母親に叱られていたようだったけど、いつもいつも美味しそうに食べてくれた。
私たちは、本当に楽しく、満ち足りた時間を過ごしていた。
随分と、長い時間を。
短い春を、長い冬を、共に何度も、何度も何度も繰り返した。

 少女はいつしか彼女と呼べるほど大きくなり、一方私は私のままだ。
何度も、何度も季節を越えて一緒に過ごしたけれど、カラスはあれ以来戻ってこない。
今思えば、元々存在は希薄だったように思える。
私の心に穴が開いてしまいそうなくらい寂しさが募るとき、ふと現れて小憎たらしい、少し馬鹿なことを話すために姿を見せたカラス。
少女は、そんな姿は見えていなかった、と言う。

 ひょっとして、と思うことがある。
私の奇跡を起こす力は、誰かの願いを叶える力だ。
私の気が向けば、誰のどんな願いだって聞き届ける。
それが私の信条だ。

 だから、私自身の願いだって、願えば私は叶えてやれるのだ。
ただし、本当の願いは多分、一つだけ。
本当の願いなんていうものは、いつだって誰かにとって一つだけだ。
私はあの時、自分の寂しさを埋めるよりも目の前の少女を助けたいと願った。

 結果として、私は全てを手に入れることができたのだけれど。

 だから、あのカラスは、私の寂しさを埋める為に、私自身が願って生み出したモノだったのかもしれない。

『クァァ、ま、そんなところですな』

 小憎たらしい声がした、ような気がした。
テーブルの前では少女がパスタを難儀しながら食べている。
服はべとべとに汚れてしまっているが、そんなことはお構いなしだ。
こういうところは、母親に似るものね。


 少女の傍らには、欠伸をする猫が一匹。
ふと、目が合いそうになって、猫はすっと目をそらした。
あの、人を小馬鹿にしたような目をしていた……というのは錯覚、妄想だっただろうか。
多分、そうだろう。

 私は随分と強欲みたいだ。
これ以上、何を欲するというのか?

 そんなことを考えたのも一瞬、窓からこちらに向かって女性が歩いてくるのが見えた。

 改めて思う。
……随分と大きくなったものだわ。
私は小さいままなのに。

 左手に恐らく少女の着替えと、少女が忘れていったつぎはぎだらけのぬいぐるみを持って歩いてくる彼女は、私に向かって手を振り、私の名を呼ぶ。

 あのにこにこと笑う彼女の顔は、いくつになっても変わらない。
あの日、白夜の夜にニコと一緒に空をくるくると回っていた、私の鎖を断ち切った死神のままだ。


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