腐葉土の姫 (2)

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 予想はついていたことだが、村人は教会に寄りつかなかった。顔を出すのは、村長と、ハリスの世話役となっている近隣の農家の夫婦くらいのものだった。それもあくまで仕事としてである。ジーラ教の教義に関心のある者は皆無であった。
 ハリスの仕事は、ただただ虚偽の報告書を作成することだけである。それで全てが丸く収まる。教会中央はハリスの布教に期待などしていないし、アケイス村の教化に何年かかるかなど問題ではない。要は、布教活動を行っている、という事実さえあればよいのだ。
「だが」
ハリスは思う。
「あの森は気になるな……」
 使命感に駆られてここに来たわけではない、中央にとってみればただの厄介払いだろう。なぜ自分はいまだに神官なのか? 無為の日々の中で、捨てたはずの問が沸き出ては応えを待たずに消える。
「他になれるものがないからだ」

 ハリスの日課は散歩になった。村人が集まらないのならばこちらから出向こう、といった具合である。当然ながら村人たちは迷惑がっているようだが、せいぜいがにらまれる程度で、危害を加えられる様子ではない。
 アケイス村は、デニダ領北部、ガイワン領との境にある小都市セニスタから、西へ馬車で数日の位置にある。要するに辺鄙な村である。敢えて人が行くような所ではなく、これといった産業があるわけでもない。唯一特色と呼べるものはあの森である。一般的な意味においてすらそうであるが、霊的な視点からすれば森の存在は無視しがたい。
 ハリスの調査においても、最も注目すべきは森と村人との関わり方であった。そして調査を始めてすぐに明らかになったのは、森が全くもって村人たちの生活の場ではない、という事であった。まるでそこに一本の踏み越えられない線があるかのように、狩りに行ったという話も、薪を拾いに行ったという話も出てこなくなる場所としてあの森が存在している。
 ハリスにとってはこれは意外なことではなかった。あれだけ異常な気配を持つ場所に日常的に村人が出入りしているとしたら、そちらの方が不可解である。ハリスとしては、森が神聖視されるとして、その具体的な信仰や儀式の形まで調べたかった所であったが、せいぜい追えるのは、森と村との行き来がわずかながら行われているらしい、という事までであった。
「できる限りの準備はしておきたかったが……これくらいが限界か」
 ハリスは森に入ることを決意した。
 


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