無限螺旋 - 岸辺にて(1)

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 俺の視界には3つ。荒野と森と女だ。
 太陽はまもなく南中に至る。焼け付くような日差しは、ただでさえ潤いの乏しい大地から生気を奪い続けている。遠く、白い稜線がかすんで見えた。
 だというのにこの女は、いかにも暑そうな紫色のローブをすっぽりと被って平然としている。露出しているのは手首から先と顔のみ。地黒な肌は汗ひとつかいていない。ロマニだから、暑さには強いのかもしれない。

「これ、見た目ほど暑くはないんだよ?」

 それはよかった。気持ちの悪い笑顔から目をそらして、俺はこれから向かう先を見た。いま、俺は森の入り口に立っている。だが「入り口」という形容が正しいとは少しも思えない。どちらかと言えば……そう、壁。もしくは亀裂と呼ぶべきものだ。低木しか生えない荒地が ぶっつりと途切れ、突如として高さ30フィートはあろうかという木々が密集して生える深い森林地帯が始まる。それはあまりに不自然な光景だった。まるで森が外から来るモノを拒絶しているかのような。……いや、あるいは世界のほうがこの「魔の森」を拒絶しているのだろうか。

「『世界が拒絶する森』か〜。あんたなかなか詩人だねぇ」

 女はニヤニヤとこちらの顔を覗き込む。まったく、どうしてこんなヤツと一緒に旅をしなければならないのか。もちろん、自分の意志でそうしているわけでは断じてない。俺はここに――「魔の森」と呼ばれる、邪悪な魔女の棲む地に、魔女狩りのために派遣された狩人だ。領主の命によってこのような任務に就く者には、見届け人として従者があてがわれることになっている。その役目には着任者の監視も含まれているので、領主の信頼の置ける人物が就くことになる。そして俺の場合は、このロマニの女だったというわけだ。

「だからぁ、あたいの名前は、カ・ル・ラ、だってば♪」
「……おい、女」
「ぶぅ〜」
「さっきから人の頭の中を覗いてるんじゃあないぞ」
「え〜、あたい、そんなことしたぁ? 知らない知らなぁい」

 とぼけてやがる。だからこの女は好きになれないんだ。そもそも、なぜ見届け人が浮浪する呪(まじな)い師なんだ。相手が魔女だからそれに対抗するために呪いなのか? ……ふざけている。
 俺はこれ以上この女の相手をするのをやめ、これから成さねばならない仕事について意識を集中させる。この任務が終われば、不愉快な呪い師ともおさらばだ。

「呪い師じゃなくて、占い師なんだけどぉ〜?」

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