無限螺旋 - 岸辺にて(2)

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 無視して、「狩り」の準備を進める。狭く入り組んだ森の中でも振るえるよう、丈の短い小剣を選んだ。食料は2日分。簡単な医療道具。毒虫にやられてもつまらないので、革靴に隙間がないか入念にチェックする。……大丈夫だ。全ての用意は整っている。

「ああ、そうだ。忘れるとこだった」

 女がとぼけたセリフを口にして、ローブの中から細長い棒のようなものを取り出した。それは柄に細かい装飾がされた細身の剣だった。

「これ、持っていきな」
「なんだ、これは」
「知らないのかい。剣だよ」
「……。いらん」
「まあそう言うなって。あたいの仕事の半分くらいは、これをあんたに渡すことなんだから、さ」
「? ……もしや、領主様がこれを?」

 しかし、どう見ても実用の剣ではない。俺の愛剣(ブロードソード)とかち合えば、根元から簡単に折れてしまいそうな細剣。貴族が部屋に飾るための、インテリアとしてしか機能しない代物だ。

「俺は自分の得物を持っている。そんな華奢な剣が役に立つわけないだろう」
「なに言ってんのさ。相手はあの魔女だよ? 何の備えもなしに立ち向かっても勝てやしないよ」
「使い慣れない武器を持っていても邪魔になるだけだ」
「まあまあ、お守りだと思って」

 無理やり押し付けるようにそれを渡され、閉口する。思わず受け取ってしまったその剣は、よく見るとかなり年季の入ったもののようだった。長さのわりには羽のように軽い。

「これは儀式用なのか? まったく重みを感じないが」
「くっくっく。そりゃまだ"出番じゃない"からさ。そこに文字が彫ってあるの、見えるかい?」
「ん? ……これか」

 彼女があごで指した部分に、かすれかけた刻み文字があるのに気づく。装飾的なデザインのそれは明らかにこの国で現在使われている文字ではなかった。意味は分からないが、文字数から考えれば文章ではなく何かの単語を表しているのだろう。

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