無限螺旋 - 岸辺にて(3)

前のページ/ 次のページ
 俺のそんな思考を読んだわけでもないだろうが(こいつなら本当にやりかねないが)、女は説明を入れた。

「見ての通り、古代文字だ。こいつには母音がないので読み方が何通りかあるんだけど……例えばfhirinneと当てれば"真実"の意味になる。魔女はまやかしが得意と言うからね。魔女に挑むあんたにはとっておきのお守りになるだろ? 『真実をその眼(まなこ)で見極めろ』 ってね。ほかにはfahrennと当てると、」
「……ふん。聞いてるとずいぶん適当な話だな。読み方が違うと呪いの効果が変わるのか?」

 俺は剣を持つ手をくるりと回して女にそれを突き返した。
 む、と女が少し不機嫌な……というより、神妙な、と言ったほうが正確かもしれない。そんな表情を俺に向ける。

「ま、無理に信じろとは言わないさ。信じていない力は例え存在しても姿を現さない。人は自分の信じるものしか見えないからねぇ」

 かすかに、女の口元が歪む。剃刀のように酷薄な笑み。

「でも気をつけたほうがいい。自分の信じる『外側』を見ないということは、自分の信じているものをも見ないということだよ。そこのところに魔女は付け込む。人が信じないこと、あるいは信じることを利用して……かつて、あんたの兄貴を誑かしたように」

 限界だ。こいつと一緒にいるのは。
 ひったくるように剣を手にすると、俺は女と視線を合わせ、

「持って行けばいいんだろう。……それと」

 表情を変えないそいつに言ってやった。

「二度と俺の兄のことを口にするな」

 そのまま踵を返し、俺は魔女の待つ深い森へと向かった。

前のページ/ 次のページ inserted by FC2 system