無限螺旋 - 記憶の階段(3)

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 そのとき、何かの気配を感じて、俺はとっさに木の陰に身を隠す。

「…………」

 ほんのわずかな違和感、気配、物音。
 森に入ってほとんど何の気配も感じなかったからこそ分かった小さな変化。――今思い返せば、これだけ多くの生き物がいるはずの森の中で「何も気配がしない」こと自体が異常だったのだ。

「…………」

 さらに神経を研ぎ澄ませ、聞き耳を立てる。いつのまにか呼吸が止まり、心音が耳の奥から響いてくる。ついに魔女の登場か……? 俺は使い込んだ剣(占い師から渡されたものではない、自分の愛剣)の柄に手をかける。

「…………」
「………………」
「…………」

 それは、人間の声のようだった。木々に視界を遮られて姿は見えないが、声の高さからして子供か若い女。二人以上いるのか、会話をしているように聞こえる。だが、そんなに大人数がいるような気配もない……。

「…………ってよ……」
「……きを……ろ」

 こちらを探しているとか、襲ってくる、といった緊張感は、その声からは感じ取れない。ならば、なぜ……さっきから心臓が早鐘のように打っているのか。身体が、この先に進むことを拒否しているようだった。

「……らい……よ……」
「……はや……こい……」

 木の根と一体化したかのように動かない足を、無理やり引き剥がす。
 一歩、一歩。進むのが精一杯で、こちらの気配を殺すなどという余裕はない。だが、向こうに気付かれている様子もない。
 息が荒くなる。はぁ、はぁ、はぁ。視界が揺れる。
 声が近づいてくる。子供だ。子供が二人いる。だれだ?……決マッテルジャアナイカ……何でこんな森の奥に……覚エテナイノカ?……一体……!!

 突然、森が開けた。
 森を抜けたのではない。木の密度が低い、盆地状の小さな広場のような場所に出たのだ。空は暗緑色の雲に覆われて今にも泣き出しそうな表情をしている。
 その広場の中央に、二人の少年がいた。

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