無限螺旋 - 終焉(1)
前のページ/
次のページ
「……兄ちゃん、足が痛い」
「我慢しろ。男だろ?」
年上の少年が、年下のほうを励ます。ここからでは、彼らの背中しか見えないが、歳は……たぶん、10歳と13歳。
いや……、何で俺にそんなことがわかる? 見も知らぬ子供のことなど……。
「でも……ずっと歩きっぱなしで……」
「泣くなよ。ほら、これを握ってろ」
兄は弟に何かを渡した。なにか? ……それが何か、俺は知ってる。俺は首から提げたそれを、服の上から強く握り締めた。その固い感触が、すこしだけ痛い。
「でもこれ、兄ちゃんの……」
「いいから。それより早くここを抜けるぞ。ぐずぐずしてると、魔女が」
そう言って、少年はこちらを振り向いた。視線が一瞬、交差する。
「…………」
それは、予想通りだったにも関わらず、びく、と身体が硬直する。
分かってる。ここはもう、魔女の領域なんだ。こういうことが起きるだろうことは覚悟していた。ついに奴と対峙するときが来たのだ。さっそく、お得意のあやかしの術で、俺の心を揺さぶりに来たのだ……。
「待ってよ、アービン兄ちゃん!!」
その名を、少年が口にする。――12年前の、俺が。
「早く来い。クビン」
アービンと呼ばれた少年は、弟に声をかけながら、しかしまるで俺を誘うように、木立の向こうに歩み去っていく。その後ろを、弟クビンがよたよたと追っていく。
俺には、兄の記憶はない……もちろんその声も、顔も思い出せない。しかし、あの少年は、間違いなく俺の兄だった。今までずっと思い出せなかったのに、この場所に来てついに兄の姿を見つけることができたのだ。
……それは同時に、卑劣な魔女が自分を餌食にしようと牙を剥いてきたことをも意味する。あの時と変わらぬ兄と自分の姿を見せ付け、動揺を誘う魂胆だろう。子供でも考え付くほどに幼稚で、そして嫌らしい罠だった。
兄が身を挺して助けてくれたこの命を、今再び危険に曝している。もう、魔女との決着を付ける以外に俺の進むべき道はない。そして今度は自分が、命をかけて兄を救い出すんだ。
俺は呼吸を整え、自分が冷静さを失っていないことを確認すると、魔女に引導を渡すために、二人の少年の後を追った。
前のページ/
次のページ