無限螺旋 - 終焉(2)

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 二人の少年を視界に捉えられるギリギリの距離を保ちつつ――もっとも、いまさら姿を隠すことに意味はないだろうが――俺は彼らの様子を観察した。
 クビン――少年時代の俺――は、ことあるごとに弱音を吐いた。そのたびに兄アービンは弟をなだめすかし、歩かせる。森は濃くもなく薄まりもせず、単調なまでに同じ風景を繰り返した。まさに時の止まった牢獄のようだった。
 二人の背負う荷物は、森に入るにはあまりに簡易なものだった。それぞれの背負う荷袋の大きさを考えると、野宿することは想定していないのだろう。それでも10歳の子供が負うには重いのか……あるいは歩き疲れたためか、弟は荷が重いと文句を言い始めた。

「重い……もう歩けないよ……」

 弟はその場にへたり込んでぐずる。

「おい、さっき休んだばっかりだろ? 立てよ」
「兄ちゃんの方が年上なのに、荷物はおんなじなんて、ずるい」
「しょうがないだろ。そんなこと言ったって」
「……そんなに歩かせたいなら、兄ちゃんが荷物持ってよ」

 どくん、と。なにかが頭の中で疼いた。
 胸の奥に暗い感情が渦まくのを感じる。……これは、怒り?
 理不尽なわがままを言う弟――かつての自分に対する、怒り? 落ち着け、これは魔女が見せている幻影だ。俺を揺さぶるための嘘の記憶……ここで動揺すれば相手の思う壺だ。

「半分持ってやる。これでいいだろ」

 兄は、自分も疲れているだろうに、弟の荷袋からいくつか取り出すと自分のそれに詰めた。だが、弟はそれでもまだ不満そうに口を尖らせている。

「いいかげんにしろ。置いていくぞ」
「…………」

 弟はしぶしぶ立ち上がり、またよたよたと兄を追う。俺はその様子を、木陰からそっと窺っていた。
 これが魔女の罠であることは確実だ。かと言って、これに乗る以外に魔女と対面する方法もない。罠にかかったと見せかけ、油断してのこのこ出てきたところを仕留める……それが俺の唯一の勝機だ。
 しかし、すでにそんな理屈とは無関係に、俺は二人の姿から目が離せなくなっている。
 既視感。一度見た光景を繰り返し見ている感覚。今湧き上がってくる気持ちを説明するのにこれ以上適当な言葉もない。この森での記憶は何も残っていないはずなのに、あの二人のやり取りを見て「以前にも本当にあった出来事」として俺の心が諒解してしまう。
 これは、魔女が見せている「嘘の記憶」なのか? それとも……この場所に戻ってきたことで蘇った俺の「本当の記憶」なのか? 冷静に考えれば前者のはずだが……俺の心の奥底から「思い出すな」と叫ぶ声が聞こえる。「思い出すな」……? では、やはり、これは本当の……。
 腰に下げた、『真実を告げる』という名の細剣が、また少し重みを増したように感じた。

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