無限螺旋 - 巡る世界(1)
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――そもそものはじまりは、なんだったのだろう。
この奇怪な運命の歯車は、いつ廻りはじめたのか。
気付いたときにはすっかり絡め取られ――その不自然さにすら、疑問を持たなかった。
俺には「兄の記憶がない」。にもかかわらず、周囲の反対を押し切ってまでこんな場所に来た。一体何が俺をここまで突き動かすのか。俺自身にも説明できなかった。
兄を一人残してきたことへの罪悪感。自分から記憶を奪った魔女への復讐心。魔の森から生還した者としてのケジメ。そのどれもがもっともらしくあり……しかし、今思えばそのどれもが自分には希薄に思えた。
だが、今やっと気付く。気付かされた。
振り下ろされた短剣は、兄アービンをかばうように飛び込んだ俺の肩口に突き刺さり、それを握る拳ごと、ずぶり、と身体にめり込んだ。痛みはない。いや、そもそも何の感触も抵抗もない。そのままの勢いで腕は振り切られ――そして、悲鳴が聞こえた。
それは俺の声なのか? それとも、俺の背後にいる兄の声なのか? ……恐ろしくて振り返ることもできず、身体は硬直する。俺の目の前には、兄を、そして俺を見下ろす子供の姿の「俺」がいる。その瞳は、周囲の闇と同化したかのように濁り、生気がない。まるで死人の目だ……これが、俺? ほんとうに……?
その腕が、再び振り上げられる。
声を掛ける暇も、制止する余裕もない。さっきの一撃をなぞるように俺の身体をすり抜けて腕が降ろされ、悲鳴が上がる。また上げられ、降ろされる。悲鳴。上げられ、降ろされる。悲鳴。上げられ。降ろされ。悲鳴。上げられ。降ろされ。悲鳴。上げられ。降ろされ。悲鳴。上げられ。降ろされ。悲鳴。上げられ。降ろされ。悲鳴。上げられ。降ろされ。悲鳴。上げられ。降ろされ。悲鳴。上げられ。降ろされ。
悲鳴――――――
「ぁぁああああああぁぁぁぁああああああぁぁぁあぁぁああああ!!!」
そうだ。これは魔女への復讐でも、兄に対する思慕でもない。「呼ばれた」んだ。この短剣を通じて……他ならぬ、自分自身が殺めた兄に。
その短剣はすでに粘つく血糊にまみれていた。壊れたカラクリ人形のようにそれを繰り返し叩きつける少年の顔は、すぐに返り血で黒く染まる。ごぽり。沼から瘴気が湧き出すような音がする。ごぽ、ごぽり。腐肉のような臭いが背後から身体を包み込んでくる。ごぽ。ぶじゅり。ぷじゅ。じゅるじゅる。ぐぷぶ。なにかが。うしろで腐ってる。とけて崩れて――俺の足元に、流れてくる。
――視線を、落とす。
目玉ガヒトツ、転ガッテ、コッチヲ見テイタ。
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