無限螺旋 - 巡る世界(2)

前のページ/ 次のページ
 灯を消したように、唐突に真の闇が訪れる。
 何も聞こえない。何も見えない。何も感じない。ただ、胸に提げた魔よけの短剣が熱く、焼け付くように熱く、俺に何かを訴えかけていた。
 兄ちゃん。分かったよ。この短剣が――いや、この短剣にこびり付いた血が、俺をここに呼び寄せたんだな。確かにこれは俺と兄ちゃんをつなぐ絆だった。「憎悪」という名の絆。
 だから俺は、これを恐ろしいとも、ましてや手放そうとも思わない。魔女のまやかしなんかじゃない、どんな形であれ、兄ちゃんが確かにいたという証だから。……ただ、悔しいのは。その絆をどす黒い血の色で汚してしまったこと。それだけだ。

「……いるんだろ? 出て来い」

 俺の声は闇に染み込んで、散っていく。だが、反応があった。
 どこからともなく、小さな光の粒子が流れてきて、木々の輪郭を照らし出した。蒼く、白く、あるいは紅く明滅するそれは、子供のときに見た蛍の群れのようでもあり――同時に、死者の国に漂うという人魂をも連想させた。
 やがて光は渦を巻くようにうねり、俺は目を眩ませる。枝一本、石一つが作りだす明と暗のモザイク模様は、もはやこの場所が森から異界へと変貌したことを告げる。
 美しさと恐ろしさはきっと心の奥でつながっている感情なのだろう。光の乱舞をぼんやりと捉えながら、ふと、そんな考えが泡のように浮かんで、消えた。

 なにかが、中空から滲むように現れた。

「やっと真打ち登場か。魔女様よ」
「…………」

 俺はできるだけ力まないように気を配りつつ、そっと剣の柄に手を掛ける。

「俺に、兄を刺したときの光景を見せて、動揺を誘うって腹づもりだったんだろ? あるいは、自責の念に駆られて俺が自害するとでも思ったのか」
「…………」
「悪いが……その手には乗らないぜ。あの光景は、きっと過去にあった事実なんだろう……でも、それとお前を見逃すこととは別だ。お前がいなければ、俺はあそこまで追い詰められなかった。兄は死なずに済んだ」
「…………」
「この森の毒気に当てられた……それがそもそもの始まりだったんだ。俺たちを森で迷わせ、互いに憎むように仕向けた。……嬉しいよ。貴様が俺の思い描く以上の外道でな。これで何の躊躇もなく貴様に止めが刺せる」
「…………」

 ふらりと。風もないのに、そいつのまとうローブが揺れた。
 ――合図だった。

前のページ/ 次のページ inserted by FC2 system