無限螺旋 - 巡る世界(3)

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 標的までの距離、5ヤード。それを最初の踏み込みで瞬時に縮める。合わせるように抜剣。これで間合いは0。一呼吸の間もない。剣身が空気を裂く音を聞くのと、魔女の首が落ちるのを見るのは、同時だ。最速必殺の一撃を繰り出すときの、鋭く緩慢な一瞬。視野は狭窄化し、心は空っぽ。敵意も殺意もない。昆虫のような無感動さ。時間が次第に粘りつき、切っ先が流れるように空気を滑る。あと4フィート。あと3フィート。2フィート。1……風圧のためか、そいつのフードが外れ。た。

「!!!」

 あと数インチというところで、ついに時間が完全に停止する。視界の明暗が反転し、色彩が失われる。フードの下から現れたのは――兄、アービンの顔だった。
 頭は痺れ毒に漬けられたかのごとく、麻痺していた。兄の瞳から視線を外すことができない。それはさっきの俺と同じ……闇をそのまま溶かしたようにどろっと濁った色をしていた。

「また俺を殺す気か? クビン」
「…………」
「いつも言ってただろう? 兄弟は順番だと。今度は俺の番だ」
「…………ぐ」

 時間は静止したまま。なのに、兄はローブの下からぎらりと光る刃を見せた。そのまま、前に突き出す。あまりに無駄がないせいで、それはむしろゆったりした動きに見えた。
 剣身が正確に俺の心臓の位置を突き、バギン、と肋骨のどれかを打ち砕いた。

 それが合図となったのか。視界に色彩が戻り、止まっていた時が津波のように押し寄せた。その圧倒的な圧力をまともに食らい、俺は全身の骨を軋ませながら後方に吹き飛ぶ。握っていた剣が手からこぼれ落ち、そのまま土の上に顔面から突っ伏す。胸に開けられた傷から、体中に満たされていたモノが根こそぎ流れ出ていくのを感じる。……致命傷だった。

  「ようこそ我が弟よ。そしてさようなら」

 彼がいま、どんな表情で俺を見下ろしているのか……指一本動かせない俺には、確かめる術はない。

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