腐葉土の姫 (5)

前のページ/ 次のページ


 ハリスが教会に帰ると、程なくして村長のカシオスが訪ねてきた。まだ着替えてもおらず、所々に土の跡が残るハリスの姿を見ると、一瞬驚いたような表情を浮かべた。
「……ハリスさん、一体どこに行っていたのですか。神官のあなたが教会を空けてどうするのです」
 カシオスはハリスを咎めるような口調で言う。
 ハリスの動向が村人を通じてカシオスに伝わっていたことは分かっている。おそらく、ハリスが森に入ったことも既に知っているのだろう。では、カシオスは、ハリスが生きて帰ったことに驚いている、ということか。
 カシオスに本当のことを話し、それを足がかりに森についての情報を聞き出す、という選択肢もあった。だが、カシオスはといえば、顔を青ざめさせて、視線を宙にさまよわせるばかりである。「あの森は人知の及ばない所にある……。この男を締め上げた所で何も出てはこないか」
 ハリスは、
「申し訳ありません。いや、散歩のつもりだったのですが、珍しい虫を追っているうちについ時間を忘れてしまいまして。北の、あの小屋を借りて一晩明かしてしまいました」
 と答えた。
「……そうですか。とにかく、もう少し立場をわきまえて、気をつけていただきたいものですな」
 カシオスはそう言い残し、教会を出ていった。

 ハリスは思う。あの森の危険性は分かった。あの森が村人の生活圏に含まれていないのは、単純に生命の危険があるためで、信仰上の禁忌にされているわけではない(むしろ信仰が後付けされたと考えられる)。だが、あの森の神秘性が、ジーラ教の布教の障害となっていることもまた事実であろう。しかし、それでどうすればよいのか。森を丸ごと焼き払うくらいしか対策など思いつかない……。
 そこまで考えて、ハリスは苦笑した。自分はそこまで熱心に布教をしたいわけではない。森を調べたのはあくまで個人的な興味からである。あの森の主にはもう一度会ってみたい。だが、再びあの森に入って生きて出られるかどうか……。また森の主が自分を助けてくれると期待するのは危険すぎる。考えても有効な手だてが打ち出せなかった。


前のページ/ 次のページ

inserted by FC2 system