甘い血 (4)

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「姉様、どうして外の世界の人達は森を怖がっているの? 姉様はこんなにも素敵な人なのに」
 何年も前に、私は姉様に尋ねたことがある。それは今思えば赤面するほどに恥ずかしい台詞だったけれど、私の純粋な疑問だった。
「オリアナ、それはね。私が異質だからよ。妹達から聞いたことは無いかしら。森の魔女の体には呪われた血が流れていると」
 そう、聞いたことはあった。ターラもダシアもその話をしていた。私が猛烈に怒ったので、詳しい話は聞いていないけれど。
「その話は本当。私の体に流れている血は人の血ではないの。だから、私は永遠の時を生きる」
 そう言った姉様の瞳は、悲しいようで淋しいようで、そして全てを諦めたかのような、冷たく哀しい瞳だった。

 * * *

 私達の一日は、鳥達の囀りで始まる。

 私が一番に目覚めて木窓を開くと、朝霧に遮られた鈍い日差しが部屋を満たす。そうするとダシアはすぐに起きてくるけれど、ターラとミルナは遅い。
「まだ眠いよー、姉ちゃん。もう少し寝かせてくれよぉ」
「駄目よ、早く起きなさい。水を汲んでこないとご飯も食べられないわよ」
 今日もターラは駄々をこねたけれど、こちらも慣れたものだ。枯れ草の山に大きな布をかぶせただけの簡素な寝床からターラを引き剥がし、ミルナを起こすと、妹達を連れて泉に向かう。軽く水浴びをして、桶に水を汲んで戻ってくるころには姉様も起きていて、あの黒い長衣を着て私達の帰りを迎えてくれる。
「お帰り、みんな」
「おはようございます、姉様」
 朝一番に姉様に挨拶ができるのは先頭に立つ私の特権だから、重い水桶を運ぶ足も軽くなろうというものだ。思わず顔が綻ぶ。
「重いよー。あたしが完璧に魔力を制御できるようになったら、真っ先にこの桶を軽くしてやる!」
「もう、ターラ。キアラ姉様がいつも言ってるでしょう、魔法はそんな気安く使っていいものじゃないって」
「そうは言ってもさー」
 でも、妹達は私の喜びを共有してはくれない。一日一日と減っていく私の貴重な日々を、そうと判ってはくれない。

 そんな些細なことが、無性に私を苛つかせてしまう。可愛い可愛い妹達なのに。

 だから、その日はずっと心が落ち着かなかった。朝食のときも、魔法制御の訓練のときも、昼食のときも、夕方の食料採集のときも、ずっと。
 その日の食料採集は、私とミルナが組んだ。野苺を一山と、食用の茸が籠一杯、それに山菜が幾らか。そろそろ戻ろうってミルナに声をかけたとき、ミルナがいきなり後ろから抱きついてきた。
「ど、どうしたのミルナ? そろそろ帰ろう?」
 でも彼女はしがみついて離れない。
「……私を心配してくれてるの?」
 私がそういうと、ようやく緩む。ミルナはとても勘が鋭いから、落ち着きの無さを見抜かれていたらしい。隠していたつもりだったのだけれど。
「大丈夫だよ、ミルナ。お姉ちゃんは、大丈夫だから」
 前に回ってきたミルナが、私の目をじっと見つめる。
「本当、大丈夫。私は……大丈夫」
 そう言って頭を撫でてあげる。でもそれは、自分で信じてはいない言葉。胸が、痛む。


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